週刊ほっとそうる新聞

株式会社ホットソウル代表の私的な新聞です。

20140525

やっと、
ごく普通の判断
を見た気がします。






政府は、
漫画の鼻血表現にはいちいち口出しするくせに、
この司法判断は、聴く耳持ちません。
と、宣言してますからね。


ひどい話です。。。


何で、そんな事が許されると思えるのか?



やっぱり、人間は同じような連中の集まりで閉じててはダメですね。
たぶん、考え方や、感覚が麻痺してしまうと思います。

今の政治家とか、経済界のお偉方とか、そんな感じじゃないですか?

自分達の仲間内だけの理屈を、
公けに問うことをせず、
姑息に通そうとしてますよね。


器がちっちゃいです。
ちっちゃ過ぎです。

悲しみ。。。


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20131203

先月26日夜、特定秘密保護法案が衆院で可決されてしまいましたね。

私が知ったのは、27日の朝刊なのですが、非常に唐突な感じを受けて驚きました。
思わず、「えっ!?」って声を出してしまいました。。。

このところ、新聞でも日々特集されていたことは知っていたのですが、仕事の忙しさもあり、これから国会で討論が始まるものだとばかり思っていたので、ついつい見逃していました。

個人的には、宗教団体を母体とする公明党が賛成に回ったことが大きな驚きです。
公明党の皆さん、創価学会の皆さん、本当にそれでいいんですか?!
今は与党だからいいかもしれませんが。。。
国家が、宗教団体を弾圧することって、日本の歴史でも多くあったことですよね。
この法律、国家に悪用されませんか?? 弾圧の手段になりませんか??


この法案の、根本的な問題点として挙げられているのが、次の4点です。
1.まず「知る権利」を侵害する疑いがある。
2.秘密の定義・範囲があいまいなので、為政者が恣意的に運用するおそれがある。
3.秘密指定の期間が最長で60年、しかも例外も認められており、実質無期限となるものも出てくる。
4.チェック機関が定められていないので、これまた為政者が恣意的に運用するおそれがある。


そもそもが、軍事や防衛に関わる人に対して、「人は裏切る生き物である。」という性悪説のもとに作られているのがこの法案ですよね?
それを使う側の人間だけが、「清く正しく執行します。」などというのは、根本的に矛盾があります。
安倍さんや石破さんは、各論をどーのこーの云う前に、この根本的矛盾をどう考えているのか、説明して頂きたいものです。



この法案以外にも、最近の日本の政治は、憲法を改正(改悪?)して、集団的自衛権の名のもとに戦争を始め易くしようとしたり、無理やり原発を再稼働させようとしたり、何か嫌な方、暗い方、悪い方ばかりに向かっている気がします。
官僚や政治家が焦る背景としては、最近の中国の強硬姿勢などもあるのかもしれません。

確かに、他国の侵略から身を守る力、対抗する力は絶対に必要です。
でも、防衛のための力を蓄えることと、平和憲法を棄てて戦争できる国になる事は、全くの別物だと思いますね。

例えば、もし今、中国と戦争になったとして、仮に運よく日本が勝ったとしても、日本だけが全くの無傷で終わる、ということはあり得ないですよね。
多くの若者が戦場で命を落とすだろうし、少なくない国土が焼かれてしまうでしょう。
ただでさえ少子高齢化の時代なのに、これ以上若者がいなくなってしまって、日本は戦後復興できるでしょうか?
もしかしたら、そのまま日本人は絶滅してしまうのでは??


体の小さな日本という国が、この世界での闘い(戦争という狭い意味ではなく、生存競争というような広い意味での闘い)に勝とうと思ったら、図体のでかいアメリカや中国のような「剛」の戦略では立ち行かないと思いますね。
武力と武力の正面衝突では、国土が広く、人口も多い国には勝ちようがありません。

力と力の衝突に至る前に相手を制する、または相手の気を削ぐ。
争いは避けるけれども、負けはしない。
そんな「柔」の戦略こそ、日本に合った闘い方だと思います。



古来より日本には、そういう柔の知恵が、きっと積み重ねられて来たのだと思います。
「柔術」はまさに、その表れの1つだと思うのです。

20131028

胸にしみる 空のかがやき
今日も遠くをながめ 涙をながす
 悲しくて 悲しくて
 とてもやりきれない
このやるせない モヤモヤを
だれかに 告げようか

(サトウハチロー作詞・加藤和彦作曲)


ザ・フォーク・クルセダーズの名曲ですね。
多くのアーティストがカバーしています。
最近、また聞きたくなって、YouTubeを検索して何度か聞いていました。


私がこの歌をちゃんと認識したのは、映画「パッチギ!」を観たあとでした。
それ以前にも聞いたことはあったはずで、「何か知ってる曲だけど、こんな歌だったんだな~」という印象を受けた気がします。

前評判も知らず、それどころかタイトルすら知らず、友達に誘われるまま、単なる付き合いで会社帰りに観に行ったのですが、観終わった後いたく感動して、劇場でDVDを買って帰りました。
後にも先にも、そんな映画には出会ってません。
なので、この映画との出会いも、自分にとっては少し特別なんですね。

この映画に出演されていた、主役の俳優さんがお三方とも、その後おかしな事になってしまったのは、何か不思議な因縁を感じますね。
まぁ、私には全く関係のない世界のお話です。・・・閑話休題。


良い曲だなぁ~と思いつつも、あらためて歌詞を読んでみると、
はたして、やりきれないほどの悲しみって何だろうと、不思議に思っていたのです。
“絶望”というのとも、ちょっと違う感じがしますし。

そんな折に、福島原発の事故現場で働く作業員を取材した新聞記事を見ました。

10月14日 朝日新聞朝刊より





福島第一原発の事故現場では、今、作業員の日当が減らされ、作業員の数も減り、人手不足がゆえにミスが起きやすく、被ばく事故も増えています。

総理大臣がどんなに素晴らしい事故収拾計画を(自分は絶対安全なところにいて)発表したとしても、命の危険を承知で現場で働いてくれる人がいなければ、所詮絵にかいた餅ですよね。
だから、今の状況はとても良くないはずなんです。

とはいえ、私自身が、今の仕事、立場を捨てて、家族を残してまで事故現場で働こう、とは思えないですよ。
確かに、原発の恩恵を一部受けていたとはいえ、そこまでの義務があるとは思えません。
それはきっと誰しもが同じで、だから今、事故現場で働いている人というのは、
・お金に困っている人
・他に仕事がない人
・もしくは、元々職員で責任感の強い方
なんですよね。

詰まるところ、弱い立場にある人を犠牲にするしかない状況、と言えると思うのです。


でも、よくよく考えれば、この問題だけに限らず、世の中というのは弱者の犠牲なしには成り立たないものといえるのではないでしょうか?
それは人間の世界に限った話ではなく、動物の、野生の世界でもそうですよね。むしろ、顕著です。
草食動物の群れにあって、もっとも弱いものから肉食動物の餌食となります。でも、その犠牲があるから、ほかの個体が生き延びることが出来るのです。


そう考えるとなおさら、家族を守るために、家族を“弱者”としないために、自分が戦わねばと思うわけです。
半端なボランティア精神で、危険な原発事故の現場に飛び込むことなどできません。


生きる喜びって、たくさん、たくさん、たくさんあると思いますが、
生きることはやはり戦い、修羅の道を歩むことでもあるのかなぁと。
そんなことを考えていると、悲しくて 悲しくて とてもやりきれない と思ったりもします。
そしてまた、この歌に救われるのだと。そう、思います。